第二に、夫婦の生活態度、あるいは生活についての感覚や意見が調和しておりませんと、おたがいにしじゅう相手の生活態度を気にせずにはいられなくなります。お互いの間にいちいちの問題で緊張した感じが自然にでてきます。そして毎日緊張したこころもちをもちつづけますと、いよいよ神経質になってきます。そして、神経質になればなるほど、いよいよ緊張の度合いが増してきます。家庭はいつも緊張しきった空気につつまれます。家庭は 休息の場所でなくなります。のんびりと、アグラをかいたこころもちですごせる場所ではなくなります。つまり、家庭は家庭でなくなります。相談は討論となり、沈黙はさぐり合いになります。いや、こんなふうにいうのは少しばかり大げさすぎるかもしれません。しかしあらゆる面でつり合いのとれていないふたりの男女が、なるたけ、あらゆる面でつり合いをとろうと思えば、いやおうなしに、努力感が生れ、努力感は緊張をもたらすかと思います。ふつうの夫婦というものは、いつとはなしに、夫と妻とのいろいろの相違点を加えて2で割ったところへ、つまり、両者の平均に近づいてゆくものです。ところが、コチコチのカトリック信者と仏教徒が結婿したとすれば、容易に、いや、ぜんぜん、加えて2で割るところへは落ち着きません。その結果、夫婦は、家庭にいて安定感をもつことができなくなるように思われます。コミュニケーションは非常に重要ですので、これから出会う結婚相手とはコミュニケーションを途切れないよう気を付けましょう。


出典:

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