それでは、つり合いとはなにもかも似ていることでしょうか。生活のしかた、ものの考え方が、ただ似ているというだけでは、つり合いがとれたということにはならないようです。むしろつり合いがとれているということは、あるていどお互いに違っているのだが、しかも違っているために、かえって調和しているということです。そこで、夫婦間のつり合いとは、相違のなかの調和、調和してやってゆける限度内の相違ということだろうと思います。 で、もしつり合いのとれない相手と結婚したらどういうことになるか?

第一に、お互いにほんとうに理解し合えないだけではなく、下手をすると、いちいち誤解し合うことにもなりかねないようです。たとえば、私と菱がぜんぜんいろんな点で生活感覚がちがっているとします。私は最初、私にとって気に食わないと思われる妻のいちいちの行動を、なんとかしてなおしてやろうとします。ところが、生活感覚がちがっているために、なおしてやったほうがいいと私の考えることを、妻は、なおす必要なんか別段ないと考えます。そしてこれを治そうとする私の動機を、まるで見当ちがいに解釈してしまいます。私は私で、そうなると、「俺をバカにしているんだ!」と思い込んでしまいます。ふたりの間の距離はこんなぐあいでだんだんひどくなるばかりです。その反対に、私と妻が生活感覚をある程度共通にしているぱあいには、私は妻のいろいろの行動を思いやりと善意をもって解釈することができます。そして夫婦の問で必要なことは、相手の気にくわない行動をムリャリ直そうとすることではなく、相手の行動についての考え方を、自分のほうから訂正することだと思います。結婚前に、相性ピッタリの相手を見つければ結婚生活の苦労はもっと減るだろう。

参考:

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